otobokecat’s blog

たまに本を読む猫

豊かさを感じる街

14日は栃木の中市へ行ってきました。朝食用の珈琲とサンドイッチを持って、紅葉の進んだ追分を6時半に出発。でっかい橙色の朝日がまぶしいのなんの!そうです、東に向かって進行。初冬の朝はゆっくりと明けていきます。初めての地でも、車のナビを目的地にセットしたら、まさしくナビゲートしてくれて助かりました。助手席に座る私は世にいう「地図の読めない女」だもんで(汗)、情けなし。(ナビとクルーズは、やはりつけてよかった文明の利器です。)
高速道がうまくつながっているので、実にスムーズに到達できました。途中いくつかの町で、朝の通勤渋滞がみられました。自転車の中学生諸君や、小型トラックのオッチャン達、軽の奥さんたち。歩いていくランドセルの小学生たち。田舎の朝はいずこも同じです。
8時半頃に会場に着いたら、もう皆さん搬入の最中で、入口で受付をしている「かぴぱら奥さん」に挨拶して、私たちもばたばたと運び込みました。かなり広い会場には、長机が少なくても60台はありましたが、見る見るうちに本で埋まりました。吉本理事長、事務局長であるかぴぱらさんたちの奮闘によって、組合数の決して多くない栃木でこのように業者中市を開くことが実現できたことは、大いに評価されることでしょう。毎年開催できれば、荷物も人も集まるようになることでしょう。なにしろここは隠れた豊かな土地とお見受けしました。「蔵の街」だったということは、昔からここは商業の盛んなところです。
実は私は栃木市は生まれて初めて降り立った町でしたが、市場の合間にぜひ蔵の街並みを見ていってくださいと進められて、行みました。
駅の交番で聞いてみると交通指導の方が実に丁寧に教えてくださって、その数分後には我らは川べりを歩いていたんですヨ。一目でこれは只者ではないと気が付きました。石で造られた重厚な蔵並み、親水性のある川:下流の東京の川と違ってここでは氾濫などないそうで、道から1mほどしか下がっていません。川面へ降りていける石段もあります。水はとうとうと流れ水草もそよいで、その間を鯉がおよいでいました。観光船も出ているようでした。聞けばこの川がお江戸まで続いているとか、なるほどそのための川岸の蔵なんだ。穀物や麻や生糸などを収めていたんでしょう。関東平野の北端に鎮座する豊かで平穏な商業の街:栃木。その豊かさがちょっとうらやましく感じました。軽井沢はとかく名前の知名度がありますが、気候はきびしく土地は貧しいところです。
無事に市場:交換会が終了し(参加者60名ほど)、懇親会に残る人は山側にある柏倉温泉:太子館へ移動しました。栃木郊外に車で移動、13名で7時から宴会。長野支部からの我々と遊歴書房さんの三人は温泉目当ての泊り組。お料理がなかなかおいしくて、久しぶりに帰りの心配のないことを気にせず痛飲しました。終了後、部屋に戻って、若手4名でザックジャパンのサッカーをテレビで後半から見ました。遊歴さんは、浴衣の下に全日本のユニホームを着ていたんですヨ。その祈り?通じて、テレビを点けたらすでに1点入っていました。追いつかれてひやひやしましたが、また一点追加して、やったー!!アウエー戦お疲れ様でした。
そのあとゆっくり温泉に浸りましたが、温泉は6月に墓参りで新潟に行った帰り東北を回った時以来。貸切状態で満喫しました。
翌朝もまず温泉に入り、おいしい朝食をみんなで食べて、駐車場で解散。ありがとうございました。さぞかしお疲れのこととお察しいたします。(写真:妙義山
東京まわりはやめてまっすぐ追分に戻り、軽井沢に入ってから、モトテカ珈琲さんでコーヒー飲んで、「本日臨時休業」の看板を外して開店しましたが、アスファルトの目地を付ける工事が進行中で、静かなこと!!でも作業がはかどりました。
どうやら留守中に追分で火事があったらしいです。人的被害、類焼はなかったのが不幸中の幸い。
実は11月19日は旧油屋が火事で焼失した日です。
11月半ばは「火の用心」!
碓氷軽井沢インターチェンジから、20軒道路へ入ってきたら、ゴルフ場の無効に白い浅間が。