otobokecat’s blog

たまに本を読む猫

あっぱれな人生

7月24日より堀辰雄文学記念館で「堀多恵展」が行われています。7日午前に行われた緑陰講座は、ご養女菊地和世さんによる「母のおもいで」には定員を上回る申し込みがあり会場は満員御礼でした。
堀多恵さんを一番近くで見ておられた和世さんのお話は実に新鮮で、いままで堀辰雄語り部という形で表に立ってきた多恵氏の生の姿をくっきり鮮やかに浮かびあがらせ、数々のエッセイや講演を通じて明らかになっていた多恵さん像に、一段と深みが増したことは間違いありません。積極的に出かけていた旅の話の数々、北軽井沢などの友人宅を訪ねるために50を過ぎて取得した運転免許、村で稀なフォルクス・ワーゲンの運転者だったことなど、生き生きとした御姿が目に浮かぶようでした。なかでも驚かされたのは、96歳の最後まで歯はすべてご自身のものだったということで、肉なども晩年までしっかり食べていらしたということでした。
私は近隣ということで油断して申し込みをしていなかったのですが(私のような人も多々おられました)、末席で傍聴させていただきました。最後尾の席がちょうど「堀多恵展」の幟の真横であり、芝生のうえで仲良く座られていた堀辰雄・多恵夫妻のセピア色の写真の隣で貴重なお話を伺う事ができて、至福の時間を過ごせました。
さまざまなエピソードが面白く、当店と油屋旅館の間に建っている貸し屋の前には池がありますが、当時そこのカエルの声が喧しく、辰雄氏の病床には煩いということで、鳴き止むように石を投げ入れる仕掛けを作ったりしたこともあったそうです。緊迫した話しながら思わず皆、噴出していました。
先日お宅にうかがった際、最晩年の付き添いをなさったHさんが「なんとも天晴れなご生涯でした」と涙ぐまれたことを思い出しつつ、作家である配偶者亡き後、これほどまでに夫の名声を守り続けた多恵夫人の功績の大きさは計り知れないと思ったことでした。
多恵さんはナツツバキがお好きだったということでしたが、あいにく今年の当店の東側の石庭のナツツバキはあたり年の次の年で花がひとつも咲かず。その潔さは多恵さんに相応しいと思いました。花を咲かせる木は、花を沢山つけることで消耗してしまい、身を守るためにしばらく花をつけないこともあるのだそうです。
堀辰雄亡き後の堀文学や堀邸を多恵子さんが守り、多恵子さん亡き後は村の人々やサポーターが引き続き堀文学とその偉大な語り部堀多恵子の功績を守って行くことが、今求められているように思います。堀多恵さんを偲ぶ展示は11月30日までです。どうぞ、お時間の余裕を持ってお出かけ下さい。
10月23日(土)には太田愛人氏の講演会もあります。13:30〜 於:公民館