otobokecat’s blog

たまに本を読む猫

アヤメ原になる日は

otobokecat2011-06-19

追分の1000m林道の石尊山登山道入り口の東側から500mほど国有林が1000m林道に接しているところがあります。その昔ここはずっと追分原という名の如く草原が広がっていました。天領として牧場だったこともあることが、「駒飼いの土手」という遺構によってもわかりますし、私の記憶では少なくても50年前までは林道から浅間山が望めました。つまり草原のままで高木は生えていませんでした。
営林署がそこへ松(赤松かと思っていましたが、ストローブ松らしい)を植林し、50年間の間にあまり手入れもせずにいたので、非常に混み合った林となって、木は光を求めてどんどん背高のっぽとなり、松ですから一年を通じて薄暗い林と化しました。地面には松葉が堆積し羊歯が生い茂り、時折キノコ探しに分け入ったりしましたが、まったく眺望も利かないので、滅多に林の中には近づきませんでした。
2007年の9月6日の台風でその林が壊滅状態になり、自然災害の脅威を思い知らされました。ドミノ倒しのようにほとんどすべての木がなぎ倒されました。被害の状況からいって局所的に竜巻のような強い風が東から西に吹いたと考えられます。翌年3月まで倒木の撤去はかかり、ちょうどわが山荘の前から道を作りながら重機が入り、倒木をすべて運びだしたのです。その元林をどうするか、専門家が協議の結果、自然に委ねると言う結論になりました。(正直ほっとしました)
私はなんとも幸いにも居ながらにして浅間山が見えるようになり、しかも林だったところを放置するとどうなるかという一大実験土壌が目と鼻の先となったのです。
天日にさらされてから4回目の夏を迎えようとしています。以前専門家による倒木被害の国有林のこれからについてのお話を伺う機会があって「埋土種子」と言う言葉を始めて聞きました。土の中にはどこからか飛んで来たり、動物、鳥や虫が運んだ様々な植物の種が密かに芽吹くチャンスをうかがっています。自然災害や、山火事などで、劇的に環境に変化が起こると待ってました!とばかり眠っていた種から芽が出てくると言うわけです。実に辛抱強い話ですが、たとえば永楽屋ガーデンさんの園芸教室でも良く言われることですが、種を撒く時、横着してその辺の土を使うと、その埋土種子が一斉に起きてきて、何の種をまいたか分かりにくくなるというのです。概して外来植物は強靭で競争に強いので、肝心の撒いた種よりも成長してしまう可能性もあるそうです。
早春にスミレ(7.8cm)が盛りだった草原に、今はアヤメ(3.40cm)が咲いています。そのうち背の高いメマツヨイグサ(1m)が圧倒しはじめます。
このアヤメ、当初はわずか数本でしたが、今年はかなり群れになっています。一面のアヤメが原になる日も来るんでしょうか?私はアヤメは見た目からてっきり菖蒲などの仲間で水辺が好きなのかと思っていましたが、実は草原性なのですね。
あるいはアヤメが一面になる前に、繁殖力の強いハリエンジュやミズキなどの木が生え始め、木陰を作るんでしょうか?今ちょうどこのハリエンジュやミズキが白い花を咲かせています。雨上がりの林にはなんともいえない甘ったるい臭いが立ちこめています。

現在出ている雑誌「REN」に追分が撮影に使われて居る頁が数枚あります。どれかわかる人は追分通です。今年で閉館するメルシャン軽井沢美術館も。これは結構貴重な一枚なのかも・・・。それにしても御代田にあるのに「軽井沢」とはいかに。「御代田」は「みよた」!御代田を愛した武満徹が嘆きますね。昨今閉館する美術館、記念館、博物館が多いのが気にかかります。様々な事情もあるのでしょうが、作る時に長くやる覚悟を持ってやって欲しいものです。その場所にそれがある意味が明確なら、簡単には無くならないかと思うのですが。