otobokecat’s blog

たまに本を読む猫

足跡のある白い道

毎日冷えています。長野県の天気予報の表ではここだけが寒くみえますが、近いところでは菅平がかなり上手ですし、北軽井沢の麦小舎さんのブログを覗くと、(−)の次の数字がだいぶ違います。そうなると嘆いてばかりもいられません。(追分はだいたい−12℃から日中は0℃あたり±2℃というところです。)
諏訪湖の氷も昨年に引き続き全面結氷したとのこと、御渡りが見られるのではと期待されています。那智の滝熊野神社のご神体ですし、自然が神であるという考え方は、御本尊が何かも知らず、社寺に詣でて手を合わせるよりもわかりやすいですね。そういう私も浅間山崇拝心はかなりあります。雪もまたその対象になるかもしれません。浅間に雪が降ると途端に常に目がその姿を探します。

あまり歌謡曲などにのめりこまない青春時代を送った私が、心ひかれた一曲がNHK「みんなのうた」で流れたハイ・ファイ・セットが歌う「白い道」でした。
追分で暮らすようになって、無性にこの曲が懐かしくなり検索してみたら、1975年12月に流れたものであり、その後リメイクされて北原ミレイが歌っているとのこと。ちゃんと検索で出てくるのですね。38年も前だったのか。
そしてさらにオリジナルの1975年版はもうNHKに原版が残っていないとのこと!ちょっと信じられませんが、ますますノスタルジーは募ります。雪景色の画面、ヴィヴァルディ「四季」冬のメロディ、透明な山本潤子さんの声があいまった素晴らしい時間でした。高校生だった私がたまたま耳にした「みんなのうた」。冬休み中だったんでしょうか。
(私の母は、当時も今もまだ元気です、念のため)
当時、私はフィギュアスケートを部活でやっていて、冬は厳寒の軽井沢の今はなき千ヶ滝のスケートリンクで、白い山から下りてくる風に向かってスケーティングをしていました。宿舎からリンクまで林の中の道をスケート靴の入った靴を担いで、痛い体でとぼとぼと歩き、当時東京に住んでいましたが、あのころから軽井沢の寒さ、凛とした透明な空気、神々しい白い山への畏敬が生まれていたように思います。
(合宿当時は−20℃くらいにもなった日もあり、宿泊宿の水道栓がずっと開いていました。どこのスキー場もそうでしたね。お風呂が楽しみでした。)

追分はまだ白い道ではありませんが、それもそろそろです。
真っ白い道もきれいですが、そこに誰かの足跡が、人でも獣でも、鳥でも、」
あるいは車の轍が残っているのが、雪道の良いところ。
雪があることで、跡が残るというちょっといいおまけがあります。
郵便屋さんが来てくれたんだなとか、自転車のふらついた跡だったりすると、通学大変だなとか。
枝に積もった雪や、秋に落ちそこなった枯葉や実、もげてしまったのか緑の松の葉のついた枝など、
雪の上には様々な落し物もあります。
スキーリフトの上から、ポツンと雪原に残る手袋が眼下に見えたりするでしょう?
無垢な雪もいいのですが、何かの気配のある雪の原が私は好きです。