otobokecat’s blog

たまに本を読む猫

『沈黙の春』から45年

沈黙の春 センス・オブ・ワンダー [DVD] 沈黙の春 レイチェル・カーソン [ 上岡克己 ] 今朝の新聞で、昨日5月27日がレイチェル・カーソンの生誕100年であったことを知る。山菜取りで賑わう信州で土産に買った山菜の漬物が中国産でしかも添加物だらけだったという筆者の驚きが記してあったが、残念ながらこれに思い当たることは私も何回も経験がある。「みやげ」は「土(地の)産」でなくてはなんの意味もないのだが、そこに商売ということが入ると、単純ではなくなる。時として地元民の死活問題になるからだ。地方はやはり苦しい。

消費の現場では「安さ」と「うまさ」がとかく追求され、消費者は身勝手で「安全」ということについては問題が起きると騒がれる傾向がある。
「安全」ということとは比較的関係のない商売をしていても、お客様との対話の中でこれに近いことを感じさせられることはある。

昨日店にいらした方も、同じ古本を買うのなら小さい本屋で買いたいと言ってくださった。大量に商品をさばくなかでは、つい顧客の「思い」といったものが忘れられていく。「本をお売りください」と連呼する大手古本屋に、こんな本は引き取れない、ガソリン代を出せと言われたと憤慨していた方もいた。ゴミの分別をしないで何でもバンバン捨てる人もあり、一方で本を資源ごみとして出だす事もためらう人もいる。
西荻窪という多数の古本屋のある町に住んでいると、処分する本によって本屋を選ぶという技もできるが、息子にはできても、私でもそれは難しかった。息子には漫画や、スポーツ雑誌、ゲームなどを中古で買ってみたり、タイミングよく処分していくという芸当ができるのだ。リセットできる世代?
今はもう本屋の側となってもう過去のことだが、私は「これはちょっと無理ですね」とつき返されることがあると、すっかり落胆してしまい、本を売るということ自体に懲りてしまった経験がある。私より年上の方ならおそらく最初からしり込みしてしまうだろう。このことは常に頭にある。

追分で店を開けていると、町に一軒ということもあって、買取りについて聞かれることが多いのに驚く。確かに買う時は新刊本であれば、どこでも買えるが、新本も古本も処分するのは古本屋のみなのだから。お問い合わせはなぜか中高年女性の方に多い。
ゴミとして出せないから、お問い合わせがあるわけで、本に対する「思い」を考えるとできる限りのお役に立ちたいと思うが、どうにも当店では扱えない本を引き取らされてしまうケースもある。

古本屋が本を処分するのには、市場に出すケースと、裁断に回すケースがあるが、市場に出しても値がつかなければ持ち帰らねばならないし、裁断に回すのは有料なので、「引き取り」は覚悟がいる。ただでもいいからもって行ってといわれる方もいるが、場合によっては「処分の代金」をいただいてもいいのではないかと思うときもあるがまだそれはできていない。

「本の買取り」をしないといい本が手に入らないし、引き取る際に選ばないと上記のようなこともあるわけで、実に難しい問題なのだ。

処分も含めてこの本屋なら安心と思っていただけるのは本屋冥利に尽きることなので、永遠の課題としていきたい。
エコロジー本屋」としてはじめたのだから。